俳*句くく

見る、聞く、触わる日常生活を俳句に創作して行きます。完全創作で小品も書きます。

風呂の記憶

都会慣れした姉と私にとって、文明開化前のお百姓然とした父の実家に泊まることは、苦痛でした。お風呂に入るのは恐怖でした。父の実家のお風呂は五右衛門風呂でした。
裸になった母と私は、そうっと段を踏んでお風呂の縁まで辿り着きます。すると母は私を掲げ上げ、お風呂に浮かんでいる落し蓋のような丸い板の上にそっと下ろします。その板の上だけが、私にとっての安全地帯でした。母は、金属の側面は熱いからと慎重な注意を与えます。安全地帯も真ん中でじっとしていなければなりません。そうしていなければ、それが傾いた途端に私は、更に熱い釜の底へ足を付けてしまうことになるのですからー。
母が、
「あったまったか?」と聞く時、私はいつも冷えた肩をしながら暖まったと答えました。私は引き上げられ、一通りが無事に終了したことだけを考えます。

果たしてこんなに危険なお風呂など実際にあったのでしょうか。しかし私の記憶の中には、この五右衛門風呂しか存在しないのでした。